25mプールを端から端まで眺めた様な印象を受けた。
それだけたくさんの冷蔵または冷凍ショーケースが並んでいた。これはその巨大スーパーを部門で分けた場合の『肉』に関わる部分、だけの話である。
それ以外のもの、例えばチーズ、お菓子類ドリンクusw.(Und So Weiter エトセトラ)は、また別に数えきれない種類の同カテゴリーの商品が並ぶ。この場所に来れば、取り敢えず一日時間はつぶせそうだ。
ロベルトの説明を受けながら、自然と歩幅で距離を確認していた。目視と合わせるとやはり20mくらいはあったと思う。後から後悔したのはショーケースの数を数えていればよかったという事。ショーケースには決まったサイズが基本的にはある為だ。そこから計算できたはず。
2つのショーケースが背中合わせにずらりと並んでいた。それが3列。。。中には肉は勿論、ハム・ソーセージがこれでもかと鎮座していた。
先回までもお話しした通り、個人店が少ないのも納得がいく。というべきか少なくなった経緯が想像できる。
ハムソーセージはドイツでは伝統食、それ故に元々個人店は多かった。
しかし、このような巨大マーケット、そこに卸す大規模メーカーの出現で値段で勝てなくなり個人店は消滅していく。当初はそれほど劣悪な商品を製造していたとは思えない。日本と同じく敗戦国であるドイツは同じような経緯を辿って成長してきたはず。
食べるものがない時代、空腹を無くしたい、国を豊かにしたいという強い思いで薄利多売で良いものをと製造に励んできたに違いない、そこにはものづくりへのプライドと責任感が存在していたはず。これは現代の経営者とは明らかに違う点で、必ず何かしら崇高な志があったはずだ。
ある程度豊かになれば、個人の生活レベルで豊かさを求めるようになる。そこからま更に急成長していくだろうが、同時に賃金も何もかも上がる。それと共に物価も上がればよいが、(よく言われる)玉子と同じようにドイツの肉・肉加工品は未だに安い。
会社を守るため・従業員の生活を守るためという大義名分のもと、添加物や本来入るはずのない混ぜ物で利益を確保する劣悪な商品が並ぶようになった。その時には多くの個人店は消滅し、個人店の客であった人々も止む負えずここに来る。そしてさらに規模は大きくなる。きっとこのショーケースの数はその結果だろう。
完璧な商品にチャレンジしてきた仕事、つまり我々の商品はこうでなくてはならない、から、この値段なら売れてコストも抑えられるし利益も上がる、に変わっていった。まあまあで安ければ消費者は買うだろうという事だが、そこには商品に対する想いもプライドも既に存在しない。
背中合わせのショーケースの中央部には、サラミやメットヴルストが掛けられるようになっていた。ショーケースの数だけでも圧巻だがさらにその境目にまで商品が並ぶ。そして3列のショーケースを抜けると、次には同じようにサラミ・メットヴルストなどの非加熱熟成品のみが掛けられている棚がこれもまた同じ距離だけ続く。いったいどれだけの同種が並んでいるのだろう・・・
この地域でメットヴルストというと柔らかいタイプのサラミを言う。北ドイツでは一般的で、見かけることも多いと思う。サラミやメットヴルストは非加熱製品。非加熱の為、温かい燻製(温燻おんくん)はかけれない。ということは冷たい燻製(冷燻、れいくん)をかけたもの。冷燻をかけた燻製品は地域の名産品といっても過言ではない。(うなぎの燻製なども有名。)
そのメットヴルストを手に取ってみた。想像していた『手触り』よりも数段柔らかく驚いた。ただミンチを人工ケーシングに詰めただけというとその柔らかさが想像できると思うが。。。
※一般的に言うメットヴルストはそういったものだが地域性を考えると『サラミ』なのでそこから想像すると、という意味。
ミンチ肉位柔らかい。確かにそういったものは存在するがこのように、無差別に人に触れられる場所で常温に置くには衛生面で危険すぎる。こういった商品は冷蔵でしっかりと『呼吸』させゆっくり乾燥させる状況にないと衛生的に厳しい。裏を返せばそれでも大丈夫なように作られている、という事だろう。手に取った商品の2つ目3つ目後ろに掛かっていた商品はところどころ変色していた。
ロベルトは次に自分たちのショーケースを案内してくれた。
ここにも先程、ショーケースに入っていた大規模工場の商品とかぶる商品が並ぶ。
ただ違うのは、スーパー精肉部製またはスーパーのオリジナルということ。
精肉部から対面で買うか、他メーカーのものを自ら手に取って買うか。
メーカーのバリエーションにも富んでいるが、買い方のバリエーションにも富んでいる。
私がショーケースの前でロベルトの説明を聞いていると、突然子供がロベルトたちのガラス製ショーケースに上る。一瞬の出来事だった。
ロベルトが、間髪入れずに注意に入り子供を丁寧に降ろす。だがその子の父親は憤る。所謂、逆切れというやつだが、子供に寛大すぎて何も伝えられない、教えられない、注意出来ない親を最近よく見かける。真面目なロベルトはそれでも引き下がらず危険性をしっかりと説明していた。
『ガラスが割れて危険です。実際にそういった事故もありました。お子さんも怪我をしますし、商品も破棄しなければなりません。』
長引きそうな押し問答に日本社会を重ねている自分が居た。
寛大なことは悪い事ではないかもしれないが、それは時に動物以下にしか扱っていない気がする。なぜなら可愛いペットの飼い犬や飼い猫にはしつけをしっかりするはずである。パワハラと教育、しつけの境界線がぼやけているように感じる。人間の子供には何故しつけをしないのだろう、と思う事が最近多い。大人になって社会に出て恥をかかせるためにワザとそうやって育てているのなら良いが、人間が自分の子供を人扱いせず一人前の人間に育てあげないのだからなんとも滑稽である。大人になって社会にもまれたとき、気付けばよいが・・・きっとその状態で大人になった時にはそれまでに人間力が磨かれていないから、相手の真意を理解できない大人になっているだろう。もちろん暴力は論外なのだが。
しつけは漢字にするととても美しい字で日本人の美徳を感じる。
しつけ=躾。
そういえばどこかの誰かが『おもてなし』と言わされていたが、果たしていつまで日本人としての美徳は守られるのだろうか、と考えだすとキリが無くなってまるで禅問答のようになってきた。
気付けば子供と父親は移動を始めていた。
私の『禅問答』と同じくロベルトとその子供の父親も平行線のままのようだったが。。。
スーパーのネットショップを見ると肉製品の数は200種類に及ぶようだ。
ただ、実際にはその何倍も多く陳列されている。
消費者はこのスーパーに入ったら、どう思うのだろう?
種類の豊富さと安さに歓喜し、目を輝かせるのだろうか?きっとそのはずである。
ここで選んで買うという行為が一つのステータスになる、そんな消費者も非常に多いだろう。
違うメーカーの同種のサラミ・メットヴルストが20メートル並ぶ。
違うメーカーの同種の焼きソーセージが10種類以上並ぶ。
同じ種類のソーセージだけで一つの棚を上から下、右から左まで占拠。
それに加えてロベルトたちスーパー精肉部の、それらとは別の対面販売式のテーケ(Theke 販売ショーケース)肉・マリナーデ(味付け肉)ハム・ソーセージがこれでもかと並ぶ。
一体、何をもってこの中で自分好みの(例えば)メットヴルストを選べるのだろうか?
違うメーカーの数えきれない(例えば)メットヴルストを味見するのに何年かかるだろう??
味見をしている間にまた違うメーカーの同種のソーセージが現われる可能性だってある。
初めは意気揚々と選ぶつもりでいても同じものが並ぶ状況に、もはやあれこれと考えることは出来ない。
それでは何で判断するのか?
数が多すぎて思考は停止し簡単なフレーズやパッケージングの絵や写真が決定権を持つ。
例えば
よりナチュラルなフレーズに惹かれたり、自然を感じさせるようなスパイスや原料肉の絵や写真、地産地消にこだわったという文言、厳選素材・・・(日本語で考えてもキリがない。)
原材料表示を見ればそうではないことは容易に想像できるが、そのときには既にあなたの思考は停止している。
そうやって消費者は勝手にイメージを作り上げ。より良いだろうと勝手にイメージ出来た商品を選抜し、買うべき商品を選ぶ。
一度立ち位置を変えてメーカー側から見てみよう。
乱立した同じ種類の商品群。
何もしなければポツンとあなたの商品は孤立してしまう。
対面式ではないため、人が付いて説明することもない。
その中で一体何が出来るだろうか。
買ってもらうために最大限努力できることは味ではなくパッケージングと魅力的な文言、カラー、消費者の中で良いイメージを作り上げるしか方法はない。
ロベルトがチーズをはじめ他の売り場も案内してくれた。ひととおり回った後、最初のショーケースに戻るとロベルトの同僚で女性のステフィが居た。
明日、カーテンシンケンを製造している個人店を案内してくれる、その人だ。青く透き通った目が印象的な彼女は、もともと販売員の見習いでそのフライシャライに入ったそうだ。今日は休みを取っている口うるさい理不尽な上司も、ステフィには甘いようだ。
販売員の見習いを始めた彼女だったが製造に興味を持ち女性ながら製造の修行に入った経歴の持ち主である。少し前にマイスター取得にも挑戦し、マイスターになった。彼女から感じられたのは、個人店の作る手作りの商品を本気で愛しているという事。
個人店の急激な減少は、こういった志のある職人が手作りの現場での求人が無く、大手で働くしかないという構図も生み出している。
彼女が入れ替えていた商品の原材料表示にはEナンバーが羅列されているのが垣間見えた。
ステフィと明日会う場所と時間を確認し巨大マーケットを後にした。
ロベルトと彼の娘をKindergarten(キンダーガルテン)に迎えに行きロベルトの奥様と合流。
皆でハンブルグ中心部の歴史あるレストランで食事。娘の無邪気な笑顔が忘れられない。
ハンブルグ名物ラプスカウスが想像以上においしい。魚のグリルも文句なしのレストランだった。単純な料理程、腕が試される。ラプスカウスはおいしくないという評価もあるが、こういった単純な料理程、おいしいと不味いがはっきりすると思う。間違いなく良い料理人にあたった。
※ラプスカウス・・・ハンブルグ名物のじゃがいもにコーンビーフやピクルスなどを混ぜたマッシュポテトのような料理。
港町ハンブルグの夕日を見に新しくできたコンサートホールのエルプフィルハーモニーへ。
入場無料で上層部のテラスまで上がれる。
太陽が燃えるとはよく言ったものだ。力強くも優しい赤色に近い橙が海に落ちていく。
夕焼けに染まるロマンチックな世界最大の赤レンガ倉庫群を後にロベルト一家とお別れ。
現実離れした巨大マーケットに幻想的な夕焼け・・・から一気に現実に戻る。トルコ人経営の安宿に戻らなければならないことなど忘れていた。。。
ひとり電車に揺られながら真っ暗な外を眺めていた。
頭にはステフィが持っていたサラミのEナンバーがよぎっていた。
※Eナンバー
E番号とは主にEU(ヨーロッパ)で使われている添加物を表す番号。例えばE339はリン酸ナトリウム。というように番号により添加物を振り分けたもの。EはEuropeのE。
gedankenlos 安易な、考えのない
2019-08-27 13:40