Tarnung ターヌング

ハンブルグ、トルコ人経営の安宿。 時差の影響もなく熟睡。現地時間の朝6時頃目が覚める。 まだ太陽は昇りかけたばかりだが昨日と同様、良い天気になる予感。鳥のさえずりと朝焼けが港町ハンブルグに良く似合う。 一階のわきに併設しているカフェで朝食を頂く。何でもない朝食が実はドイツの食の底力を見せてくれる。何気ないパン、ハム・ソーセージそしてチーズ、コーヒー、ミルクにバター・・・なくてはならないものが、高いレベルでとてもしっかりしている、職人の国といわれる由縁だと思う。ただ南ドイツで食べなれていると少々物足りなく感じるのも事実。やはり味に地域差は必ずある。 あるタレントがテレビ番組で、ドイツはどれも大味だったといっていた。それは残念ながら空港やその近くまたは大都市の中心部、いわば観光地で食べたのだろう。おいしいものに出会いたければ田舎に行くしかない。先に述べた、欠かせないものたちは特に南ドイツ・オーストリア・スイスがおすすめだ。そういった地域に行けば、料理、は必要なくなるほど旨い。 同じく別棟に住んでいる東欧人がひとり朝食に入ってくる。 軽く挨拶を交わす。 コーヒーをすすりながら出発時間を気にする。 今日はロベルトの職場を見学させてもらう。口うるさい、そして上に媚びへつらう上司からなんとか許可をもらってくれたらしい。ドイツ大手スーパーの精肉部門という事でとても楽しみにしていた。 待ち合わせは彼の仕事が終わる13時。 13時というとまだまだ時間がある。宿からは少し離れた場所にあったが街を散策しながら目的地まで行くこととした。 ロベルトへのお土産を持って8時30分出発。 ヨーロッパの良いところは少し歩けば必ず自然と触れ合えるような場所があるという事ではないだろうか?出発して間もなく大きな橋を渡る。出勤だろうかバスは満車で、すし詰め状態。朝日が橋も川も薄オレンジ色に染めていた。 二本目の橋を渡ったところに川の脇を歩いていける散歩道を見つけた。吸い込まれるように右に折れる。車や人通りは多いが、こうして木々に囲まれた散歩道に入ると静かで心が落ち着く。 ヒジャブを被った女性が遠くからランニングしてくる。芝生の上には少しだけ朝靄がかかっている。 スマホのナビゲーションを頼りに迷わず進む。日本では時間に追われていたため、のんびりしすぎて戸惑うが時間もあることだし休暇のつもりでゆっくり休みながら行く。 ベンチに座って対岸を見てみると、大きな工場ばかり、想像通りの光景だ。遠く巨大な煙突からは煙が立っていた。 出来る限り緑の多い道を選びながら進むが、パン屋、肉屋の個人店がなかなか見つけられない。 先ほどの大きな川に流れ込む、大人がひと飛びで渡れるほどのとても小さな支流を抜けると住宅街になる。右折してそこから500メートルほど歩くとようやくマンション一階部分にあるパン屋を見つけた。何か見つけたら入って食べようと思っていた私は、ペンションでの朝食はかなり控えめにしていた。 というわけでふらっと立ち寄る。小さな店だが客はひっきりなしに入ってくる。一人出ては一人入るといった感じだ。先ほどもコーヒーを飲んだばかりだが・・・コーヒーとパンを注文しイートインスペースで頂く。 ドイツでパンを食べる場合、私はプレッツェルやゼンメル、またはそれらを使ったサンドにクロワッサンを食べる。初めてドイツに行かれる場合、空港で食べてもどこで食べても美味しさに感動するに違いないが時間を経るにしたがって味の善し悪しの判別が出来るようになってくるはず。そうなるとやはり田舎の・・・個人店の・・・・となってしまう。 こちらの店は、完全にどこかで半調理したものを店に運び店内で焼くタイプの店だと確信した。とはいえそういったタイプの店でもすこぶる美味しいパン屋はある。及第点と言えるかもしれないが…近くに美味しいパン屋があるなら続かないだろう。 『写真撮ってもいいですか?』ひとりで切り盛りしているマダムに尋ねる。 『何でとるの?』 文面では伝わらない気だるい表情と冷たい対応に怯みそうになるが・・・ 『久しぶりのドイツで旅の思い出にと思って』何とか返す。 『・・・(しばし沈黙)わかったわよ』 プライベートでという事と、SNSには載せないという約束で取り敢えず撮ったものの、味も対応も何もかも全て後味が悪く店を後にする。(お店が特定できないものだけ掲載しました。) ドイツのスーパーマーケットの入り口付近にもパン屋がテナント出店している場合があるがそれとは別に、店内にセルフで取るタイプのパンが置いてあったりもする。味的にはそれと同等のレベルで個人店の良さの欠片もない。きっと元をたどれば大規模なパン屋が名を変え個人店らしく営業しているのかもしれない。個人店または個人店らしき店がないため、客は個人店だから美味しいはずとか安全だなどと思って入ってくるのだろう。 隣の店舗はクロアチア人が営んでいる小さな八百屋だった。外国人がとにかく多い。 道に沿って進むと左手に突然肉屋が現われた。パン屋とは目と鼻の先。こっちで食べれば良かった!ここでも先ほどのパン屋を後悔する・・・。しかしハンブルグの個人店※フライシャライは少ない。これを逃せばチャンスは中々ない。 満腹だが味見をしたい気持ちが勝る。 ※フライシャライ(Fleischerei)・・・肉屋。南部ではMetzgereiメツゲライともいわれるが北部ではフライシャライといわれることが多い。Fleischフライシュは肉の意味。オーストリアの一部ではFleischhauereiフライシュハウアライと呼ぶ地域もある。ハウアライに含まれるハウエンは叩く(等の)意味があり肉を叩く作業の工程が想像できるおもしろい言葉である。 気の利く美人の売り子に迎えられ、ソーセージとカーテンシンケン(Katenschinken)を注文した。美人の売り子の誘導に危うく余分の1本!となりそうだったが、ここは先ほどのパン屋に感謝・・・ 様々な生ハムが日本に輸入されている中でカーテンシンケンは馴染みがないと思う。 今回ハンブルグに来た目的のもうひとつはカーテンシンケンを見学することで、それは明日ロベルトの友人が案内してくれることになっている。 この個人店にも客はひっきりなしに入ってくる。 後日、インターネットで見てみると中々の人気店のようだ。 こちらの店では奥が加工場になっていて、先ほどのパン屋とは違い個人店でしっかり作っている店。しかし残念ながらソーセージの味は特別語れることがない。絹引きタイプの焼きソーセージと半分粗挽きタイプの牛肉生地のソーセージだったが・・・この生地をもし私が作ったら?きっと親方は失望するだろうし南部では生き残れないだろう。 絹引きの生地を作る場合、水分(氷)を混ぜる。それにより生地の固さを調整し、人に好かれる食感に仕上げる。具体的にそういったことが考えられていないと感じた。味も然り。 カーテンシンケンのほうは、それ専門に作っている別の肉屋から買い付けていると考える。なぜなら1~2か月ほど燻製にかける“部屋”が必要になってくるからで、加工場と店内から察するにそこまでする規模ではない。こういった場合、買い付ける場合が殆どである。初めて食べるものなので明日見学させていただくものと比べられるように記憶する。 個人店がこうなってしまうと、味でもプライスでも大手にはかなわない。 個人店に客が期待するものは何だろうか?フライシャライを後にし歩きながら考えていた。 美味しさ、安全性、手作りという安心感、差別化できる部分は色々あるが、そのどれもが考えられるものには到達していない。ただ少しの“勝手に想像してしまう安心感”のみを求めて足を運ぶのかもしれない。個人店だから安心だろう、という神話である。 以前ロベルトが正直に話していたことを思い出す。 『ハンブルグには魚介類がたくさんある。だから肉の加工品は弱いよ・・・』 後日、北部滞在中に見学した工房のバックヤードにあったスパイスの会社は南で過ごした私が知らない会社ばかりだった。地域に根付いていると考えられるが、個人店が少ないからか工場用のものが強いと推測できるし、個人店の少なさから、個人店同士のライバルはかなり少ないはず。それでは切磋琢磨も生まれないのだろう。 個人店同士のライバルも少ない、あるのは大規模な工場系加工場。わざわざ少ない個人店の為にスパイス会社が乱立し必死になるはずがない。クオリティーは確実にそこに現れている。 個人店だから美味しくて安心? どうやらターヌング(Tarnung)もあると消費者は覚悟しておいた方が身のためである。 そんなことを考えながらフラフラ歩いていると巨大なショッピングモールに辿り着いた。 ここがロベルトとの待ち合わせ場所。 彼の職場である大手スーパーマーケット以外にも他のスーパーマーケットが2件、家具屋、ペットショップ、文房具屋、電気屋など、何でも揃う。 まだ少し余裕があると思って一通り見て回るが、これが思いのほか時間がかかる。 そうこうしているとロベルトから終業の連絡が入り、急いでスーパーの入り口に向かう。中にはインビス(気軽に買い食いできるようなお店)もたくさん入っている。 遠くからでも直ぐに彼だと分かった。少しだけ息を切らしながら、再会を喜ぶ。 元気か?とお互いに言葉を交わし、直ぐにバックヤードへ。 私服の人間が中に居たら怪しいでしょ、と同じ制服を準備してくれていた。 大手スーパーマーケットの一員にカモフラージュして、いよいよ大手スーパーマーケット精肉部の見学が始まった。 ※ターヌング、タルヌング=カモフラージュ

コメント

[コメント記入欄はこちら]

コメントはまだありません。
名前:
URL:
コメント:
 

ページトップへ