迷い。
気が付けばドイツ滞在は8年になっていた。 バイエルンらしい、アルプスの少女ハイジに出てくるような景観。素晴らしくきれいなキームゼー(バイエルン州のキーム湖)の畔の町プリーンに8年滞在した。まだ薄暗い中、木々の間を這うように流れる小川を抜けて早朝、修行先まで通った。 修行が終わり、バイエルン州ランヅフートにあるマイスター養成学校に入校し、2008年の暮れに無事、国家資格であるマイスターを取得。2009年に帰国し、開店準備を急いで行い、その年の10月16日に無事AkitaHamを創業することが出来た。 それから1年に1回ドイツに行くという事が慣例になっていた。 しかしながら忙しくなるにつれ、渡独は遠のいていた。 ふと振り返れば6年以上ドイツに帰っていない。私の修行先で社長や親方と談笑したことが昨日の事のようでそれほど長い間、渡独していないとは思ってもみなかった。 ・・・それほど長い期間であることを忘れていた理由は忙しさ以外にもある。 それは日本での製造現場。 AkitaHamでの製造は私一人。 ドイツの機械に囲まれ、作りながら思うこと。 それは修行中のことである。これもひとつ、自分自身にとっては誰にも邪魔されない至福の時だ。 ラジオも音楽もない。あるのは機械の音と作業の音。そして頭の中はドイツの事でだらけ。親方に言われたこと怒られたこと、そんなことを思いながら楽しんでいる。楽しい思い出よりも怒られたことを思い出していることの方が多いかもしれない。。。 またそれ以外にもドイツを感じる場面に恵まれた。 創業してから、その間、たくさんのドイツ人がお客さんになってくれ日本に居ながら時折ドイツを感じることが出来たのである。 加えて有難いことに彼らは、ドイツへ帰国する際、ドイツで会おうと言ってくれた。それぞれが色々な地域から日本に来ていた。 帰国後も折に触れて連絡を頂き、いつくるんだと催促を受ける。お客さんの関係から友人関係になれたのも、本物志向で製造してきたからこそだと自負している。 そうやって日本でドイツを感じることが出来ていたことが渡独を遠のかせていた一因であったのも事実ではあるが・・・それとは別に折角の温かいメールに答えられない理由があった。 それは『忙しくなった。』とはまた別の問題を私自身抱えていたからである。 2017年12月、一年の最後のイベントに私は参加していた。フォルクスワーゲンの日本本社がある豊橋市のクリスマスマーケットである。豊橋市はフォルクスワーゲンのあるヴォルフスブルクと姉妹都市提携を結んでいる。 イベントが終わり、自分の体の異変に初めて正面から向き合った。それは突然のことで、何故だが無意識のうちに向き合っていたという方が正しいかもしれない。 あえて避けていた部分を初めて自覚した。そしてその瞬間に体調は一気に崩れた。 以前から運転中に違和感を感じることがあった。 運転していると突然、激しい動悸に加え時折手足の自由が奪われる感覚に襲われた。疲れているんだろうと、あえて向き合うことはせず目を背けていた。しばらくすればいつもの元気な自分が居た。 だが今思い返せば一年に数回、そういった事があったと思う。段々そういった状態の感覚が短くなってきた。最後には地下鉄も不自由になった。 そこで初めて真剣に『今の自分の状態』と向き合うことにした。 病院で検査を受けた方がいいのではないか? 脳の検査をした方がいいのではないか? など色々と助言を頂いたが、本質的な改善には中々ならないのではと思い病院には行かなかった。原因を知ってそれを改善していかなければ、結局治ったことにはならない、と強く思っていた。 加工品について疑問に思った事を調べる要領で調べると全く同じ症状に苦しんだ過去を持つ人を見つけた。 どうやら自律神経系の不調のようだった。 その方も運転と地下鉄がダメという状態でいきなり襲われる動悸、発汗とやはり体の自由が奪われるような感覚に悩んでいたようだ。 彼の体験談からどのように直したのか、また原因まで細かく説明してくれていた。 原因は3つ 1、姿勢の悪さ 2、体の冷え 3、精神的なストレス 3の精神的なものは直すことが難しいようだが、1と2に心当たりがあった。 鬱や自律神経失調症(鬱のような症状の場合)共通する姿勢があるらしい。それはパソコンやスマホを扱う方も気をつけなければならない姿勢だと思う。顎が引けていて背骨が真っすぐになり肩と手が前に丸まっていない状態なら良いのだが、長時間の作業になっていくうちに姿勢が乱れたところで楽な姿勢を取ろうとする。その姿勢がまさにそういった症状の方に多く見られる姿勢だという。顎が上がり肩が上がった状態で肩が前に出て丸まっている姿勢。 実際に私の作業も前かがみになる仕事で、その姿勢が長時間続く。繁忙期にもなれば24時間続けて作っていることもある。 正しい姿勢を取ろうとしても、痛くて全く取れなかった。ご指摘の通り、その姿勢で固まっていたのである。 2の体の冷えも心当たりがあった。 私は無類のコーヒー好きで、皆様ご存知の通りコーヒーは体を冷やす。加えて作業は冬は外気と同じくらい、夏場はクーラーが強くかかっているので常に寒い。その中で夏場はアイスコーヒーを飲んだりしていた。 最後にドイツに行った2013年からその間についた習慣が体に不調となって現れたのだ。 それからはまさに地獄の日々で不安定な状態は続いた。固まった姿勢を意識的に治すことは本当につらい。なぜならそれが自分にとっては現在の『普通』の姿勢になっていたからである。コーヒーも適量に変えるが、今までの普通が無くなるわけでこれも辛い。 (コーヒーの事を悪く言うわけではなく、適量以上飲んでいた自分が悪いという意味で)悪い習慣はたやすく身につくが、良い習慣ほど、『自身の普通』に落とし込むのは難しいものである。 当時はいつまで仕事が出来るんだろう・・・とそんな超不安定な状態であったが、不思議と製造しているときは気分が落ち着いた。 ドイツの事を想像したりドイツの機械に囲まれているから何となく安心感を感じるという事以外に、商品は良くも悪くも嘘をつかない、その嘘をつかないという事が安心を生んで気持ちも安定していたのだと考える。間違いがあれば、必ず自身に非があるし、そこにはロジックしかない。 神のように崇められ満面の笑みを浮かべているような職人や料理人もメディアでは目にするが、我々は、無から何も創造できない。すべては良き材料あって初めて成せることである。 話は少々ずれてしまったが、ヨガをやったり、ジムに通ったり正しい姿勢と体を温めるということに専念した結果、ほぼ回復した。約1年くらいかけて、何となく状態は上向きになり、それからも継続した結果、ほぼ回復できた。 フォル氏との出会いはまさにそのタイミングだった。 実際に会って直接話が聞きたい。SNSで繋がったのが2019年3月。 6年間考えることのできなかったドイツ行きが一気に現実味を帯びてくる。 不安定な迷いも跡形もなく消え去っていた。
2019-08-19 23:39